マチヅクリ

どくたーくにのblog

HOME > おでかけ・旅 > 高槻のおはなし > 小さい頃に暮らした社宅にいってみると、あの頃の自分の世界ってこんなもんやったんやということに気づく。

小さい頃に暮らした社宅にいってみると、あの頃の自分の世界ってこんなもんやったんやということに気づく。 / どくたーくに

おでかけ・旅 > 高槻のおはなし

高槻市の現在暮らしている家で21年暮らしてきた。
そこからクルマで10分ほどの程近いところに、
5歳くらいまで暮らしていた社宅がある。

駅と自宅の軸線を中心に形成される自分の生活圏から少し外れていること、
住宅地ばかりでとりたてて行く機会がないこと、
近すぎていつでも行けると感じていたこと、
などの理由で21年間訪れることなく、思い出の中だけにある空間だった。
(郊外住民は自分の暮らす郊外以外の郊外の他の領域には目に入らない、と若林幹夫は言っている。)

3,4歳のこどもの空間認識だから、
なんとなく記憶にある対象は、団地の給水等、公園、交番、商店街などの比較的インパクトの強いものだが、点要素のものが中心であり、それらがネットワークして連想されない。

一年ほど前に思い立って行ってみたのだが、下調べも地図もない状況では目当ての場所にたどりつくことはできなかった。
時折、それこそデジャブのように
「あっ、この場所知ってる」
という場面はあるものの、それらが繋がらない。
無念を抱えて帰宅後、住宅地図等で位置を調べ頭に叩き込んでいた。

そして、なんとなく機会を逃しつつ一年もたった先週、何故か思い立ち再び行ってみることにした。

約20年ぶりに社宅に行ってみて、感動よりも何よりも先に感じたことが、
「すごく小さい」ということ。

特に団地の駐車場がこんなに小さかったのかと驚いた。
おもちゃのクルマで走り回ったりした記憶とともにある空間は、大きさにして小学校のグラウンドぐらいあったと思っていた。
子供だった自分が感じていた世界ってほんと小さい。

門が閉めらており社宅敷地内に入ることはできなかったので、周囲をぐるっと回った後、社宅をスタート地点とした当時母親に連れられて行った公園への道のりを辿ってみることにした。

原付で移動したとはいえ、公園にはすぐ着いてしまった。
これも思っていたより、ずっと近い。
公園までの道のりに関しては、途中にある交番とその前のカーブの道は記憶の中にあるけれども、途中にある住宅地などに関する記憶は全くない。
ケヴィン・リンチ的に言えば、ランドマークばっかりで構成されるマチのイメージってことになるのだろうか。

いろいろ考えてみたが、子供の空間認識は想像以上に大人のそれとは違っていることを改めて感じた。
当時母親は免許を持っていなかったが、もしクルマを中心とした生活に晒されていれば、当然JUSCOなどの郊外型SCの印象も残っていたのだと思う。そして、それらは実際には距離の離れた空間であるのに、近くの公園と同様の認識がなされていたかもしれない。

今の郊外の子供はそうした空間認識が当たり前のものになっているだろうか。こうなると、自分がミクロ(家)ーメソ(地域)-マクロ(市町村・国・世界・宇宙)といった大小の環境の連なりの中で生きているということもわからなくなってしまうのかもしれない。家---学校・職場---繁華街という目的化された空間にしか興味がなく、それらをゆるやかに繋いでいる環境に対する興味も無くなってしまうのだろうか。どこか悲しい。

文章を書いているうちに妄想が膨らんでしまった。。
まあ、難しい話はべつにしておくとして、
20年ぶりに生まれ育った社宅に行ってみて、純粋に感じた気持ちはもちろん、
「あー 懐かしい」
2007年6月10日(日) at 01:32