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猫だらけ / ギト

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ほらほらあ〜。
2008年3月10日(月) at 17:12 

ああ春っぽい。 / ギト

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すっかり気温も10℃以上に落ちついて
昼下がりのおされカフェでは大量の旅行パンフを眺めつつ
バカンスの相談などする女子もなんだか浮かれぎみ。
寒がりのオッサンもようやくパッチをはかずにはりきって出てきたら
仕事場はやっぱり冷えており暖房なしではちょとツラい。

街なかではヒラヒラの薄生地スカートなびかせて闊歩するも
足もとはやっぱりまだまだブーツが主流であって、
まことにありがとうございます!

2008年3月10日(月) at 15:39 

むずかしい話。 / ギト

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自分の良かれは誰かの悪しきであって、ありえなかったりするもんなのだ。
見解の違いを云々することにも疲れて「関わんないことにする」とゆーのも
まあまあそれも正しい選択なのであろうし。

要らぬことすりゃうっとうしがられ、反応しなけりゃ無視すんななどといわれ
いやしかし、なんだかむずかしいもんだね、世の中ってのは。

チューリップはずいぶん開き、ネコヤナギには緑の新芽。
桃の枝に蕾がふくらむ。
明日は14℃とかになるらしいぜ。
2008年3月9日(日) at 00:23 

瞬間うららか。 / ギト

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春っぽい陽気かと思っていたら、15時過ぎたあたりからなんだか曇ってまた寒くなり。
雨まで降り出して。
天気予報では昨夜から降り出して今日も雨とゆーてたが、
朝から黄砂的な茫とした空気にうららかな陽がさして
視界は全体的にフォーカスが甘いような春っぽさであったのに。


(↑街行く女子もなんだかウキウキなあしどり。それをオレは脚撮り)


森山大道+沢渡朔の出版記念写真展を心斎橋アセンスでやってるというので
銀行へでかけたついでに見に行く。

右壁に森山大道作品、左壁に沢渡朔作品が並んでるところを
全体見渡さずにいきなり左壁から見始めたもんだから、
あら大道さん珍しいこんな写真撮るのかい?と思いながら
途中でああこっち側沢渡朔写真だと気がつくっていうような
だらしない鑑賞のしかたであって、
沢渡朔といえば、野村誠一だとか宮澤正明だとか山岸伸だとかと同じく
巨乳であるとかくびれであるとかわかりやすいぷりんぷりんのグラビアアイドルを
そのまんまわかりやすいイヤラシさで撮るグラビア写真カメラマン
(それでもそれはそれでスッゴイ事なんですけど)っていうくらいの
知識しかなかったところに、
いわゆるコマーシャルベースのグラビアアイドルではない女体を
素晴らしく写真作品として美しく表現しているのであって、
ああやっぱし一流の写真家ってすごいなあなどとベタな感慨。

大道さんはいかにも大道っぽい感じであって、ってゆーか、
「大道っぽい写真」のそりゃあ本家なんだから当然そうであって
「大道っぽい写真」はもうこの人が撮ってりゃよくて、
それは佐内であるとか川内倫子であるとか蜷川であるとかも同様で
「佐内っぽい」とか「リンコっぽい」写真を撮ってるうちはまだまだシロートだね、などと
うそぶきながら帰る。

コマーシャル写真の世界では、特に「関西仕事」ともなると
クライアントやら制作者やらってのもあまり写真だとかビジュアルだとかってところに
造詣が深いとは言い難い人たちが多くて、イキオイわかりやすい説明をするために
既に名の通った写真作家であるとか既存の広告や雑誌なんかのビジュアルを見せて
「こんな感じで〜」っていうふうにうちあわせてしまいがちなんだけども、
写真学校校長言うところの「儲かる二流」ならそれでもまあいいとしても
いちおう「作家」であるとか「一流」を志すならば、ある程度の技量を獲得したら
写真だけに限らず、「○○っぽい」モノ作りはもうやめといたほうがいい。

などとわかったようなこと、ちょっと言うてみる。
2008年3月7日(金) at 18:10 

気がつけばまっちゃん。 / ギト

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昨夜帰りの電車で、bar「go→be」の元オーナー、まっちゃんに会った。
2、3日前のログに「ゴービー、まっちゃん」っていうキーワード検索で
このブログにアクセスしてるヒトがいたので、あら珍しいと思っていたら
そんなこともまあまああるもんで、ちょっとふだんより混みがちな各駅停車を
ヒトの少なそうな車両を探して乗り込んだドアから2車両ほど歩き
吊り革をつかんで立ち位置を決めたら、目の前にまっちゃんが座っていたのだった。
読もうとしてた文庫本をカバンにしまい、座っているまっちゃんの膝を軽く蹴ってみたら、
俯いていたまっちゃんは顔をあげて気がついて
「ようわかったなあ」などと言うていた。
まっちゃんはひと駅で降車したので駅間ぶんの会話をし、空いた席に座って帰る。
昨年6月でまっちゃんは店を閉めて、いまは勤め人になってるらしかったが
仕事場も近そうなのでまた会うこともあるだろう。

そして今日。
いつもより30分ほど寝すぎて、ちょっと焦り気味に着替えたら
天気予報で気温は低いと承知していたくせに、防寒的にも見た目的にも
どう考えても失敗な服を着て来てしまい一日中低調な気分で過ごす。

このごろ朝起きると肩が凝っている。
肩というか首か。変な寝方をしているのかもしれぬ。

2008年3月5日(水) at 19:50 

あじさいと貸本屋 / ギト

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そろそろ来週ぐらいから暖かくなるんだろか?と問うと
いやまだ彼岸過ぎるまでは寒いでしょうと言う花屋の店頭には
あじさいがとりどりの色で並ぶ少しく春らしさが漂うもののまだまだ寒い日。


妙齢の女子ふたりが切り盛りする最近なんだか人気がありすぎて
昼時にはいつも満席のカフェ「ilha」にて初めてカウンターに座り
花屋とともに本日のランチ「アジフライタルタルソース」を食す。
そういや昨日のバンメシ、アジの塩焼きだったわい。とか言いながら
先日来、思いつきを半ば本気で思案中の「貸本屋」について喋る。


仕事場だけではなく、家にもかくのごとく本があふれており
居間の壁一面を占領する本棚には何層にも文庫単行本が並び
寝室のクローゼットもひとつは本で埋まっているという状態であって、
読むだけではなくて買うという行為自体になにか意味があるような気がして
ついつい書店に足が向きがちであって
一度読んだらそうそう読み返しもしないくせに
「本は捨てない」というこれまた意味のない主義めいたもののせいで
蔵書はじくじくと増える一方であり。
どうまちがってももう読むことはない、と思いきった数十冊をまとめて
一度古本屋に売りに行ってみたところ、
2000円ほどした書籍も古書店で買った200円の文庫本も
ひとからげにして一冊10円などという値をつけられ、
一番高値で買い取られたのがちびのマンガだったという
書籍に対する冒涜とも思える理不尽な扱いに憤慨し
二度と古本屋になど本は売らぬ!と誓ったこともあって
こうなったら図書館に寄贈でもするか、と思っていたのだが
貸本屋っていうのはどうなんだろうと思い始めたこのごろ。

ただでもしかし、自分自身がなかなか図書館の本を借りて読む気になれないのは
かつて借りてみた本がやたら傷んでいたり
ページの間にクッキーの粉がはさまっていたりで萎えたせいでもあって、
顔の見えない不特定多数に貸すってことになると、そういうことも起こりうることであって
好きであるからこそ、本がゾンザイに扱われることに我慢ができず。
商売ヌキで、ヒトトナリが明らかな人たちに貸し、
おもしろかったとかぐっときたとかもひとつかなあなどと
ヒトそれぞれの読後の感想をきくのはとてもシアワセなのだけれど。
2008年3月4日(火) at 18:22 

まったく / ギト

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困ったもんだよ、オレってやつは。

しんどいときにしんどいことを言われると
ついつい投げやりになってゾンザイになって
そうやって信頼だとか信用だとか親愛だとか敬愛だとか
そういうものやああいうものを
喪くしてきたり失くしていったりするんだろうよ。

本屋へ行く途中の家にいる犬くんは
いつも柵の向こう側からこちらを眺めているけれど
決して吠えないし尻尾を振ったり怯えもしないかわり
いつも少しだけ小首を傾げてただじっと見ている。
2008年3月3日(月) at 21:14 

弥生朔日。 / ギト

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弥生3月明け方の雨。ヒトが動き出す頃には晴れて。
陽が射して梅咲くも桃のつぼみはまだ硬く
駅舎にもたれ待ち人からの連絡を待つ女子もまだ冬の装い。



夜半すぎのベランダにまたアライグマ。
猫用のカリカリをすくっては食べすくっては食べ。


網戸越しにストロボの光当てても逃げもせず。カーッッ!



食物がなくなれば猫と同じく塀づたいに帰っていく。
前は3匹だったのに1匹はどうしたか。
2008年3月1日(土) at 11:37 

如月晦日快晴。 / ギト

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ようやく復調の気配。
風邪のせいなのかそれともそれが悪いから風邪の治りが遅いのか
肝機能の低下を指摘されて、酒はしばらく飲むなと言われ。
ふだんからそんなに飲んでるってわけではないので
禁酒と言われたところで別にどうってことはないのだが、
逆に禁じられるとちょっと飲みたくもなり。

うかうかと風邪をこじらせているうちにすでに2月も晦日となり。
このひと月何をしていたかと思えば、ただただ疲れ、
布団にもぐり、読み、ため息をついていたばかりで生産的なことなど何もしておらず。

すっかり春めいた陽光に
支払いだとか作業の停滞だとか感情の行き違いだとか
そんな諸々の不具合も少しく忘れてポエティックで穏やかな心持ちにもなり。






少女らにもまたそれぞれの年齢でのみ湧き起こり降りかかる
それぞれに相応のそれぞれが特有の悩みや問題を抱えつつも
溌剌さやはちきれんばかりの未来には曇りはなく。

101歳で大往生を遂げたという、会った事もなければ名も知らず
どのような生き様であったかなど想像のしようもない人の訃報が記されたメールに
おそらく長くてそして短い人生を労うコトノハを返し、
現実にたちかえってみれば如月はとっとと逃げて行く。

すでに半生を終えたというのに何を成し遂げたわけでもなく
確実に来るべき老後を思うと暗澹たる光景しか見えぬ中年の目を捉えて、猫が睨みつける。


2008年2月29日(金) at 15:41 

ブーツとヤンキー(三つ子の魂百まで) / ギト

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どうも足もとがブーツってだけで
女子に対する評価の基礎点が30点ほど下駄を履くようだ、
オレってやつは…。

そんなことは今に始まったことではないので、まあいいとしてヤンキーである。
高校時代の数少ない友人であって、さらに数少ない同業界で仕事をしているオトコが
「娘がぐれてもーてなあ…」と、先日うちあわせにやってきた際に嘆いていたのだけれど
ヤツの娘はチューガク1年でうちのチビと同学年であって
一昨年には誘われて参加した「家族対抗バーベQ大会」においても
ひとり木陰で読書してみたりKY的態度に終始していたうちのチビと違って
妹やら他家の年少のこどもらと無邪気に走り回っていたし、
昨年もたしかウチにも一緒に行かぬか?と声をかけてくれたが辞退した
「家族そろって大山オートキャンプの旅」なんぞに文字通り一家そろって出かけてたはずで、
「ぐれる」などというイメージからは遠い感じの娘だったように記憶してたのだが
「チューガク3年のカレシとタバコ喫ってるところを補導された」のだという。
今回の補導だけではなくて、しばらく前から「バイク無免ノーヘルふたり乗り」であるとか
夜間徘徊、勉学意欲減退、習いごと欠席などなど親としては由々しき問題が
まあまああったのだという。
チューガク入学してすぐに件のカレシとつき合い出したというが、
本人がそのような精神的成熟に至っているとするならば
男女交際は禁止するようなことではないとはいえ、
どうやらその「カレシ」ってのがいわゆるヤンキーであって、
夜通しグループで遊んでいたカレシから朝4時にかかってきた呼び出し電話に
娘が応じて出て行くというのでオヤジも一緒に出かけて行って
その場で説教をしたこともあるというのでなかなか気骨のあるオトコなのだけれど
「友だちのせいにしてはイカンのだが…」とは言いながら、
やっぱり自分の娘もまたヤンキー友だちの一員であることには違いなく、
やるせない、気が重い、と嘆いているのであった。

補導された後に地域の「ナントカ委員」のヒトであるとかからも指摘され
また世間一般的にも「非行は家庭不和が原因」などとよく言われるが
自分の知るかぎり、ヤツの家庭にはそう深刻な問題もなさそうであって
まあまあ、どこの家庭にも少なからぬ問題や歪みはあって
むしろ健全で絵にかいたような円満な家庭ってほうが逆に異常であるとさえ思うし、
別に親とのコミュニケーションを拒むというほどのことでもないようで
オトコ親とは会話が減っても母親とはちゃんと喋ってもいるようだし、
ヤツにおいては「セックスはまだ早いぞ。それだけは慎重に考えてからせよ」などと
突っ込んだことまで言えるような家庭であるようなのだが。
娘がヤンキーを指向するにいたった根本的原因がわからず困っているのであって
そんなふうに「家庭不和」をことさらに指摘されてしまうもんだから
ちょっとした夫婦間の意見の違いやオノレの日頃の行状・態度などを
必要以上に意識してしまい、なんだか家庭内が逆に妙な空気になっているのだそうだ。

だいたい誰でもオトナになるまでに一度や二度は
いわゆる世の中や「オトナの世界」だとか「きれいごと」に背きたい時期があって、
そんな時期にはヤンキー的世界を指向してみたり、
あるいはオタク的な何かに一時的にサルほど熱中してみたり、と
自律できない精神的衝動を非称賛的行動にうつしてみたりするもんだが、
そういう時期をうまくやり過ごしたり、ただただ感情的に尖ってるだけのような
そんな自分がばかばかしくなったり、あらめて気がついたり
うまく折り合いをつけてオトナになっていくもんだと思うものであって
むしろそういう時期がなくて、ずっとずっと成長時期に応じた「らしさ」でもって
模範的な役割をこなしているようなヒトのほうが逆にコワい。

成長過程においてそういった反抗心というか背徳心が早めに芽生えたとき
少年少女はヤンキー方向に奔りがちだよなと思ったりもするし、
ヤンキーは総じて早婚であってすっごく家族思いだったりもするので
昨今流行のわけのわからぬキレ方をするふだんはおとなしいけど
胸の内々で陰にこもった憤懣を滾らせてるってゆーようなヒトビトより
わかりやすくっていいなあーとちょっと思ったりもして。

オノレのことを考えてみれば、農村育ちであって牧歌的な小学生から
いざチューガクにはいってみるとイケてるヤツらはみなヤンキーというような少年時代を経て
イケてるヤツらはみな私服しかもサーファーっていうようなオサレ高校で都会の洗礼を受け
気がつきゃヤンキーでもなくサーファーでもなく、どうもそのときどきの主流には乗り切れぬまま
オッサンになってしまった現在もまた、主流だとか王道めいたところからは
遠いところにいるもんだよ、と。
否、アンチ主流派などとうそぶいているのも少年期にヤンキーになりそこねた
三つ子の魂百までか!と思ったり。
するってえと、ブーツってのはなんのトラウマ?

てなことを考えながら、連日の点滴。
もじゃもじゃ頭のセンセイの診療所は本日は大盛況であった。
2008年2月27日(水) at 16:05