大川平荒馬ツーリング5日目その1「新しき友」 / 旧道者
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朝、目が覚めたのは8時頃だった。寝足りないので二度寝しようかと思ったが、折角早く目が覚めたので、資料館に行くことにした。
資料館へ行こうと、会館の外に出てみると、少年たちが酷王を珍しそうに見ていた。折角なので跨らせてあげると、とても満足そうにしていた。エンジンを掛けて、スロットルを捻らせてやったが、やりすぎると近所迷惑になるからと言ってやめさせた。
他にも、メーターパネル回りやペダル周辺を興味津々で見ていたのが印象的だった。
少年たちとともに資料館へ行き、バドミントンをして暫く遊んだ。何だか親戚の子供と遊んでるような感覚だった。
大川平の子供は本当に元気な奴ばかりだった。
子供たちが帰っていった後、資料館で家族におみやげと俺の荒馬Tシャツのスペアを買っておいた。
その後、資料館内をうろつく。
ここ荒馬の里資料館は2年前の3月に閉校となった、大川平小学校の建物を利用している。開館したのは2年前の8月5日。俺が初めて来た日の前日だった。
残念ながらその日は閉館時間後だったので中には入れなかったが、その後大川平を訪れた際には必ず1度は訪問している。ここに来るといつも2年前を思い出して、新鮮な気持ちになれるのだ。
今日も2年前に初めて来たときを思い出していた。
・
・
・。
運行開始時間になった。皆ぞくぞくと文化会館前に集まる。
俺は今日もまた踊るので、早速馬をつけたが、
「健太郎、おめ馬っこ(まっこ)つけ方間違ってるぞ。」という声が聞こえた。ふみあきさんだった。慌ててつけなおす。
まさか昨日も間違ってたのではあるまいな、と思って不安になってしまった。
気をつけねばな。
そういえばこの建物も、昔は大川平小学校だったらしく、後に今の資料館が小学校になったときに、大川平文化会館として使うことになったんだとか。
準備が整った頃、待望のお囃子がスタートした。
俺のお相手は、緒のメンバーのタイからの留学生、アオミさんだった。熱くなってきたときに、持っている扇子で仰いでくれたり、感じのいい娘だったのをよく憶えている。
大川平橋へ行く道との分岐を少し先に行った、最初の折り返し地点だっただろうか、アオミさんが少し休憩することになったので、今度は同じく緒のメンバーの、大川平は今年が初めてという、ゆうこさんと交代となった。
ほぼ初対面同士ということで、互いに自己紹介を交し合い、引き続き踊った。
第一休憩ポイント、みよこさんの家付近に差し掛かったあたりだっただろうか、今度は俺がオーバーヒート気味になってしまった。もう少しで休憩というところでやむなく休憩。俺、弱ッ!!
まずい、もっと鍛えねば。
その直後に休憩時間となった。
俺よりも長く踊った皆が飲み終える頃に俺もお茶を飲んだ。それは凄く美味しく、幾らでも飲んでしまいたくなるほどだった。
しばらくして運行再開となった。次のお相手は、バチ・ホリックのゆっこさん。初めて大川平へ来たときの夜によく話し相手になってくれた女性の一人だ。
知ってのとおり、バチ・ホリックとは各地の伝統芸能を元に音楽活動をされているという、プロのアーティストである。その一員の方と一緒に踊れるとは、誠に光栄であった。
大川平の北の方、第二休憩ポイントに着いた。
休憩中、今日もビールをいただいた。まだ途中だが踊った後のビールは格別だ。
運行再開。今度は同じくバチ・ホリックの一員にして2年前によく話し相手になってくれた女性、なおさんと踊ることになった。
彼女、何度か一緒に踊っているうちに俺の動きの悪いところを指摘してくれた。為になる時間だった。この数々のアドバイス、次にやるときに生かさねばなるまい。
会館に戻って,暫しの休憩。この後は祭りのクライマックス。大川平橋へ行って何度も踊り、会館へ戻る。大川平橋から会館へ戻る際のお囃子は「戻り節」という、いつもと違う曲になる。
そして会館へ戻ると、昨日と同じように、何度も踊るのだ。
去年初めて踊ったのは、この会館〜大川平橋の一部の区間だけだった。今年はこの区間を撮影に回し、会館での最後の踊りのみ参加することとした。去年はあまり写真を撮ってなかったためだ。
それに、橋で踊る場面をきっちり撮影したこともないしな。
会館入口で馬を外す。「戻ってきたらまた踊ろう。それまで今しばらく待っていてくれ」と告げながら。
(5日目その2に続く)
資料館へ行こうと、会館の外に出てみると、少年たちが酷王を珍しそうに見ていた。折角なので跨らせてあげると、とても満足そうにしていた。エンジンを掛けて、スロットルを捻らせてやったが、やりすぎると近所迷惑になるからと言ってやめさせた。
他にも、メーターパネル回りやペダル周辺を興味津々で見ていたのが印象的だった。
少年たちとともに資料館へ行き、バドミントンをして暫く遊んだ。何だか親戚の子供と遊んでるような感覚だった。
大川平の子供は本当に元気な奴ばかりだった。
子供たちが帰っていった後、資料館で家族におみやげと俺の荒馬Tシャツのスペアを買っておいた。
その後、資料館内をうろつく。
ここ荒馬の里資料館は2年前の3月に閉校となった、大川平小学校の建物を利用している。開館したのは2年前の8月5日。俺が初めて来た日の前日だった。
残念ながらその日は閉館時間後だったので中には入れなかったが、その後大川平を訪れた際には必ず1度は訪問している。ここに来るといつも2年前を思い出して、新鮮な気持ちになれるのだ。
今日も2年前に初めて来たときを思い出していた。
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運行開始時間になった。皆ぞくぞくと文化会館前に集まる。
俺は今日もまた踊るので、早速馬をつけたが、
「健太郎、おめ馬っこ(まっこ)つけ方間違ってるぞ。」という声が聞こえた。ふみあきさんだった。慌ててつけなおす。
まさか昨日も間違ってたのではあるまいな、と思って不安になってしまった。
気をつけねばな。
そういえばこの建物も、昔は大川平小学校だったらしく、後に今の資料館が小学校になったときに、大川平文化会館として使うことになったんだとか。準備が整った頃、待望のお囃子がスタートした。
俺のお相手は、緒のメンバーのタイからの留学生、アオミさんだった。熱くなってきたときに、持っている扇子で仰いでくれたり、感じのいい娘だったのをよく憶えている。
大川平橋へ行く道との分岐を少し先に行った、最初の折り返し地点だっただろうか、アオミさんが少し休憩することになったので、今度は同じく緒のメンバーの、大川平は今年が初めてという、ゆうこさんと交代となった。
ほぼ初対面同士ということで、互いに自己紹介を交し合い、引き続き踊った。
第一休憩ポイント、みよこさんの家付近に差し掛かったあたりだっただろうか、今度は俺がオーバーヒート気味になってしまった。もう少しで休憩というところでやむなく休憩。俺、弱ッ!!
まずい、もっと鍛えねば。
その直後に休憩時間となった。
俺よりも長く踊った皆が飲み終える頃に俺もお茶を飲んだ。それは凄く美味しく、幾らでも飲んでしまいたくなるほどだった。
しばらくして運行再開となった。次のお相手は、バチ・ホリックのゆっこさん。初めて大川平へ来たときの夜によく話し相手になってくれた女性の一人だ。
知ってのとおり、バチ・ホリックとは各地の伝統芸能を元に音楽活動をされているという、プロのアーティストである。その一員の方と一緒に踊れるとは、誠に光栄であった。
大川平の北の方、第二休憩ポイントに着いた。
休憩中、今日もビールをいただいた。まだ途中だが踊った後のビールは格別だ。
運行再開。今度は同じくバチ・ホリックの一員にして2年前によく話し相手になってくれた女性、なおさんと踊ることになった。
彼女、何度か一緒に踊っているうちに俺の動きの悪いところを指摘してくれた。為になる時間だった。この数々のアドバイス、次にやるときに生かさねばなるまい。
会館に戻って,暫しの休憩。この後は祭りのクライマックス。大川平橋へ行って何度も踊り、会館へ戻る。大川平橋から会館へ戻る際のお囃子は「戻り節」という、いつもと違う曲になる。
そして会館へ戻ると、昨日と同じように、何度も踊るのだ。
去年初めて踊ったのは、この会館〜大川平橋の一部の区間だけだった。今年はこの区間を撮影に回し、会館での最後の踊りのみ参加することとした。去年はあまり写真を撮ってなかったためだ。
それに、橋で踊る場面をきっちり撮影したこともないしな。
会館入口で馬を外す。「戻ってきたらまた踊ろう。それまで今しばらく待っていてくれ」と告げながら。
(5日目その2に続く)
2006年8月20日(日) at 00:34 / コメント( 0 )/ トラックバック( 1 )
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