大川平荒馬ツーリング5日目その2「祭り終わる」 / 旧道者
おでかけ・旅 > 大川平つながり
休憩時間が終わり、運行再開となった。
ここからは暫く撮影する。
ねぶたと並ぶ酷王。
酷王もどこか嬉しそうだ。

撮影中に皆の動きを観察する。こうするといろんな一面が見えてくることを去年知った。そして経験があるからこそさらに知れるものがあるということを今年知った。
しばらくすると、ひろさんとぷーまさんが化け人として乱入。ひろさんによると昔は化け人で参加する人もそれなりに多かったらしいが、今は大川平ではひろさん以外いなくなってしまったらしい。
ちなみにぷーまさんが化け人で参加されるようになったのは去年から。今年、彼はこの日、化け人になるためだけに急遽京都から飛んできたらしい。
この祭りに参加する人は皆、このような熱き魂を持っているのだ。たとえ全ての日に参加できなくとも、チャンスさえあればきっとどこからでも飛んでくるであろう。
ねぶたの後ろには子供が座れるぐらいのスペースがあるらしい。この子らの目には俺はどんな風に映っているのだろう。

手前で踊る男性が、毎年荒馬の指導にあたっておられる方、ひらやまさん。皆からは師匠と呼ばれ、慕われている。
彼の踊りをじっくり観察した。凄く奥が深い。
特に手綱を受け取る動作は、手綱がまるで約束されたかように肩から首のあたりにかかり、その後の3回の後退のときにも、手綱が肩から落ちない。肩のブレが少ないからなのだろうか、とにかく動きに無駄がないのだ。
動画をしっかり撮らせていただいた。来年の為のさらなる研究に大いに生かせるだろう。

津軽線の踏み切りを渡り、大川平橋に向かう。祭りの終わりが近づいていることを実感してしまう。

大川平橋に着いた。ここで何度も踊る風景がこの大川平荒馬のハイライトだ。

まずは橋の向こう岸で踊ってから、橋へ引き返してくる。そして橋の上で今年の豊作を皆で祈るのだ。
その祈りを込めて、橋の上で何度も踊る。その豪快さと熱さは橋がぐらぐらと揺れるほど。
お囃子が戻り節に変わった。いよいよ終わりだなと思うと、名残惜しくなる。
会館へ戻る。ここで今年の荒馬まつりが終わってしまうことへの名残惜しさも、今年の豊作を願う心も、この大川平の全てを愛する心も、なにもかも全てを込めて今年最後の荒馬を何度も何度も踊るのだ。
俺も馬をつける。お相手は、たけちさんの奥さんにお願いした。
俺は踊った。疲れて動きが鈍った脚のことも、夕べ寝違えて傷めた腰も、汗が地面に滴り落ちるのも、何もかも忘れて、ただ、一心不乱に踊り続けた。
7回ぐらい踊っただろうか。ついにお囃子がやみ、今年の荒馬まつりは終わってしまった。
達成感にも似た満足感を全身で感じた。普段の道活動での、とんでもない道を酷王で走りきった後とはまた違った感じだが、今回のはそれよりもさらに強いかもしれない。
恐らく、底なしのような感動を帯びているからだろう。
今年も俺を踊らせてくれた馬に感謝しつつ、外した。
さぁこれから今年最後の宴会・・・なのだが、俺は明日未明(早朝3:00)に大川平を出発しなければならないので、飲めない。
残念だが仕方ない。ここに来て飲酒で捕まるわけにも行かないし、皆に心配かけちゃダメだからな。
そして宴会が始まった。宴会の挨拶時に俺は前に呼び出された。実はこの日に届くように保存会に向けて「花」を送っておいたのだ。それを今渡すのだが、ここでいう「花」とは、「寸志」。つまり御礼のようなもので、酒や道中のおみやげなどを指すのだ。
俺は勘違いして、花束を贈ってしまった。それが大いにウケたらしく、皆の前で会長のみやこしさんに渡すこととなった。
挨拶が終わり、今年の荒馬をともに踊った仲間たちとお互いを称え合いながら、いろんな話をした。
笛を吹いていた男性の話を聞いた。彼は笛を吹きながら俺のことをずっと見ていたらしい。そして、一生懸命踊る俺を見ていたら、心が熱くなってきたと言っていた。
彼の俺を見た印象は、とても真っ直ぐで熱い男だということだった。それは馬を跳ねているときの印象だけでなく、毎年この祭りの為に遠く奈良県からバイクで来ることや、さっきの花束の件でもそう思ったらしい。
こんな奴がいるから俺も盛り上がれるのだと、彼は言った。嬉しかった、本当に。
夜もだいぶ遅くなってきた。ぱらぱらと帰りだす人々も出てきたので、帰る人たちと「来年もまた会おう」と別れの挨拶と握手を交わした。ドンやバチホリ、緒の方や、保存会の方、あとは、昨日俺が尊敬した少女あすかちゃんや、ビビらせてしまったさとみちゃんが印象に残っていたので、彼女らにも挨拶と握手を交わした。
ちなみにこの握手だが、こんな習慣がついたのも大川平に来てからだ。誰から移ったのかは憶えていないが。
人が少なくなってからも、さっきの笛の男性といろんな話をした。途中でたくじさんの息子さんも加わってきた。彼は俺がよく酸ヶ湯温泉に行くことを知っているので、酸ヶ湯に来る男性客についての話で盛り上がった。
夜1時頃だっただろうか、3時まで仮眠を取ることにした。皆との別れを惜しみつつ、挨拶と握手を交わし、寝ることにした。
・
・
・。
(6日目に続く)
ここからは暫く撮影する。
ねぶたと並ぶ酷王。
酷王もどこか嬉しそうだ。

撮影中に皆の動きを観察する。こうするといろんな一面が見えてくることを去年知った。そして経験があるからこそさらに知れるものがあるということを今年知った。
しばらくすると、ひろさんとぷーまさんが化け人として乱入。ひろさんによると昔は化け人で参加する人もそれなりに多かったらしいが、今は大川平ではひろさん以外いなくなってしまったらしい。ちなみにぷーまさんが化け人で参加されるようになったのは去年から。今年、彼はこの日、化け人になるためだけに急遽京都から飛んできたらしい。
この祭りに参加する人は皆、このような熱き魂を持っているのだ。たとえ全ての日に参加できなくとも、チャンスさえあればきっとどこからでも飛んでくるであろう。
ねぶたの後ろには子供が座れるぐらいのスペースがあるらしい。この子らの目には俺はどんな風に映っているのだろう。

手前で踊る男性が、毎年荒馬の指導にあたっておられる方、ひらやまさん。皆からは師匠と呼ばれ、慕われている。
彼の踊りをじっくり観察した。凄く奥が深い。
特に手綱を受け取る動作は、手綱がまるで約束されたかように肩から首のあたりにかかり、その後の3回の後退のときにも、手綱が肩から落ちない。肩のブレが少ないからなのだろうか、とにかく動きに無駄がないのだ。
動画をしっかり撮らせていただいた。来年の為のさらなる研究に大いに生かせるだろう。

津軽線の踏み切りを渡り、大川平橋に向かう。祭りの終わりが近づいていることを実感してしまう。


大川平橋に着いた。ここで何度も踊る風景がこの大川平荒馬のハイライトだ。

まずは橋の向こう岸で踊ってから、橋へ引き返してくる。そして橋の上で今年の豊作を皆で祈るのだ。

その祈りを込めて、橋の上で何度も踊る。その豪快さと熱さは橋がぐらぐらと揺れるほど。
お囃子が戻り節に変わった。いよいよ終わりだなと思うと、名残惜しくなる。
会館へ戻る。ここで今年の荒馬まつりが終わってしまうことへの名残惜しさも、今年の豊作を願う心も、この大川平の全てを愛する心も、なにもかも全てを込めて今年最後の荒馬を何度も何度も踊るのだ。
俺も馬をつける。お相手は、たけちさんの奥さんにお願いした。
俺は踊った。疲れて動きが鈍った脚のことも、夕べ寝違えて傷めた腰も、汗が地面に滴り落ちるのも、何もかも忘れて、ただ、一心不乱に踊り続けた。
7回ぐらい踊っただろうか。ついにお囃子がやみ、今年の荒馬まつりは終わってしまった。
達成感にも似た満足感を全身で感じた。普段の道活動での、とんでもない道を酷王で走りきった後とはまた違った感じだが、今回のはそれよりもさらに強いかもしれない。
恐らく、底なしのような感動を帯びているからだろう。
今年も俺を踊らせてくれた馬に感謝しつつ、外した。
さぁこれから今年最後の宴会・・・なのだが、俺は明日未明(早朝3:00)に大川平を出発しなければならないので、飲めない。
残念だが仕方ない。ここに来て飲酒で捕まるわけにも行かないし、皆に心配かけちゃダメだからな。
そして宴会が始まった。宴会の挨拶時に俺は前に呼び出された。実はこの日に届くように保存会に向けて「花」を送っておいたのだ。それを今渡すのだが、ここでいう「花」とは、「寸志」。つまり御礼のようなもので、酒や道中のおみやげなどを指すのだ。
俺は勘違いして、花束を贈ってしまった。それが大いにウケたらしく、皆の前で会長のみやこしさんに渡すこととなった。
挨拶が終わり、今年の荒馬をともに踊った仲間たちとお互いを称え合いながら、いろんな話をした。
笛を吹いていた男性の話を聞いた。彼は笛を吹きながら俺のことをずっと見ていたらしい。そして、一生懸命踊る俺を見ていたら、心が熱くなってきたと言っていた。
彼の俺を見た印象は、とても真っ直ぐで熱い男だということだった。それは馬を跳ねているときの印象だけでなく、毎年この祭りの為に遠く奈良県からバイクで来ることや、さっきの花束の件でもそう思ったらしい。
こんな奴がいるから俺も盛り上がれるのだと、彼は言った。嬉しかった、本当に。
夜もだいぶ遅くなってきた。ぱらぱらと帰りだす人々も出てきたので、帰る人たちと「来年もまた会おう」と別れの挨拶と握手を交わした。ドンやバチホリ、緒の方や、保存会の方、あとは、昨日俺が尊敬した少女あすかちゃんや、ビビらせてしまったさとみちゃんが印象に残っていたので、彼女らにも挨拶と握手を交わした。
ちなみにこの握手だが、こんな習慣がついたのも大川平に来てからだ。誰から移ったのかは憶えていないが。
人が少なくなってからも、さっきの笛の男性といろんな話をした。途中でたくじさんの息子さんも加わってきた。彼は俺がよく酸ヶ湯温泉に行くことを知っているので、酸ヶ湯に来る男性客についての話で盛り上がった。
夜1時頃だっただろうか、3時まで仮眠を取ることにした。皆との別れを惜しみつつ、挨拶と握手を交わし、寝ることにした。
・
・
・。
(6日目に続く)
2006年8月20日(日) at 02:02 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL http://blog.kansai.com/tb/untamed_horse1413/145
このエントリ(記事)について
コメントを書く
記事を書く(トラックバック)
このエントリ(記事)にコメントを書く


