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『トラウマの果ての声 新世紀のロシア文学』 岩本和久 (群像社) / HN TASHKENT

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どうも今月は「週末の小旅行」というようなことへの想いが募っているのだが、想定外の出張、疲労と悪天候でぐったりする、風邪で薬を処方してもらい、それを服用して寝る、とそういう想いを阻む要素ばかりが私の前に…他方で、何となく読書に勤しむ雰囲気にもなっている。そして、風邪で薬を飲んで寝てばかりいると、妙な時間に眼が冴えてしまうのだが、そんな時に「読んだ本の感想等を綴ることをサボりがちだった…」というどうでもいいことに想いが至り、何となく手が動き始める…

手にした本は、上述の想定外の出張に際し、大型書店の文学評論コーナーの大きな書棚から取り出して求めた一冊である。何か小説のようなタイトルだと思うのだが、これは小説などを紹介する内容の本である。

“トラウマ”とは、「ソ連体制の終焉により、社会、文化、個人等々がそれぞれに、何らかの型で負ってしまった瑕」というような意味合いで用いられている用語で、そうした“トラウマ”の時点を越えた最近の“声”(=文学など、何らかの発信行為)を拾ってみようというタイトルだ。読む前にぼんやりと、そのように考えはしたが、読んでみてハッキリした。

一昨年になるが、稚内の中学生と、サハリンの中学生が、稚内でバスケットボールの親善試合を催した。選手の名簿を偶々見た。「1993年生まれ、1994年生まれ…」という生年月日が双方の少年少女の氏名の脇に…殊にサハリンの側に関して、ふと口を突いて出てしまった…「“ソ連”を知らない子ども達か…」とである。

“トラウマ”と著者が呼ぶソ連体制の終焉だが、既にそれと全く縁の無い子どもが思春期に入っている…私自身、とりあえず“ポストソ連”とでも呼ぶ他に名状し難い、1993年頃のロシアを見ているので、何か妙に感慨深くなってしまう。

ロシアの文学、或いは文化事象に関して、その歴史を追って見ると、恐らく「“断絶”が連続している」というようなことが鍵になるような気がする。極大雑把に…帝政末期と革命、革命直後の混乱とその収束、革命賛美の雰囲気とスターリン体制の確立、第2次大戦とその終結、スターリン体制の継続と“雪解け”、“雪解け”の終焉と“停滞”、アフガニスタン紛争の始まりと終わり、“ペレストロイカ”とソ連体制の終焉…等々というように、何か「世代間を隔てる社会のインパクト」が色々な意味で影を落としているように見えてならない。

「“ソ連”が始まって、終わった」というのは、20世紀のロシアで最も大きな出来事なのだろうが、その少なくとも半分に相当する“ソ連体制の終焉”は、その前後を隔てるとてつもなく大きなインパクトだ。だからこそ著者はこれを“トラウマ”と呼んだのであろう。

私は「ソ連体制の終焉」というような表現を好んで用いる。1992年、1993年頃は「ソ連崩壊」という言い方が寧ろ一般的だったと記憶している。が、そこに反発のようなものを感じた。間違いなく“ソ連”をいうものを彼らは放逐したのだが、それでも“ソ連”と呼ばれていた領域には億の単位の人々が、前の日までと同じように生存しており、良い伝統も、悪しき因習もそのまま残っているであろうからだ。が、そうしたものは、時間が経てば些か変質もする。或いは、ソ連の後の政権が2代目になり、3代目になろうともしている中で様々な事が既に起きていて、現時点で真面目に観察すると「ソ連体制の終焉」というような頃とは相当に変わっているのかもしれない。

本書では、その「ソ連体制の終焉」以前に起こりがある創作活動や、近年になって登場した“輸入されたジャンル”と言えるような作品や、「そういうのが好まれる“時代”?」という色々なモノの影響を思わせる作品など、多くのものを精力的に紹介している。一気に読了してしまった。

個人的には、映画化された作品の原案となっているものや、モスクワの捜査局に勤める女性刑事を主人公にしたシリーズなど、「これは是非!!」と思える作品の紹介を嬉しく読んだ。

それにしても…多分100人に尋ねたら、3人位しか知らないかもしれない文学作品を、これだけ多く、丁寧に紹介するという著者の努力…凄いと思う。他方、読んでいて感じたのは、著者は<新しい巨匠たち>という章で取上げた作家の作品に強く惹かれているようだ、ということだ。

著者の手になる<あとがき>を拝読したが、大変気に入った表現がある。自身が最近の文学作品を研究発表で取上げた際の様子を“「正規輸入代理店」のような先生方を前に、「密輸業者」のような”と表現している。“密輸”…文化の紹介に関しては大いに結構なことだと思う。

本書の一部は、大学での教養講義に向けて用意した原稿をアレンジしているらしいが、願わくば新書のような、より手軽に入手出来る体裁にして、より広く読まれて欲しいものだ…この種の分野の本を久々に読んだ気がするが、なかなか面白かった。

トラウマの果ての声―新世紀のロシア文学
2008年2月23日(土) at 03:45 

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ご紹介いただきありがとうございました / カムチャツカの雪

いくつかのサイトで,『トラウマの果ての声―新世紀のロシア文学』(群像社)について
2008年02月29日(金)   at 14:40