何とも言えん再会 / 山手の緞子持ち
気ぃ狂いそうな日々-2 / 山手の緞子持ち
日記・その他 > だんじり
9月20日(火)
先週の金土は北陸で、日月は山陰で、現場仕事。
そのため、町内の電線に吊るす提灯つけも、後梃子の緞子巻きも、全く行けず気が重い。
同い年は「お前懲戒免職じゃ」と茶化しながらも「仕事やからしゃあないわしな」と言うが、「しゃあない」のは確かやけど「しゃあないではすまん」ジレンマ。
試験曳きと祭当日と片付けは何とか休む手配をしているが、
祭前の段取り、とりわけ自分が握る緞子巻きに行けない、ということに対する自己嫌悪に気ぃ狂いそうになる。
詰め所開き、花板、ブレーキテスト、コース下見、試験曳き、等々ひっきりなしに迫ってくる。
一人テンパっててもしゃあないし、気ぃ狂っててもしゃあない。
先週の金土は北陸で、日月は山陰で、現場仕事。
そのため、町内の電線に吊るす提灯つけも、後梃子の緞子巻きも、全く行けず気が重い。
同い年は「お前懲戒免職じゃ」と茶化しながらも「仕事やからしゃあないわしな」と言うが、「しゃあない」のは確かやけど「しゃあないではすまん」ジレンマ。
試験曳きと祭当日と片付けは何とか休む手配をしているが、
祭前の段取り、とりわけ自分が握る緞子巻きに行けない、ということに対する自己嫌悪に気ぃ狂いそうになる。
詰め所開き、花板、ブレーキテスト、コース下見、試験曳き、等々ひっきりなしに迫ってくる。
一人テンパっててもしゃあないし、気ぃ狂っててもしゃあない。
2005年9月21日(水) at 00:33
気ぃ狂いそうな日々 / 山手の緞子持ち
日記・その他 > だんじり
9月15日(木)
仕事中、相も変わらず色んな奴から『こなから実況メール』が受信拒否設定しようかどうか悩むほどバンバン入る。
とはいえ、仕事場は「だんじり圏外」であるから
「○○町は坂の入り口でアウトへ膨らんだ」とか
「□□町は後ろが取り合いして中々センター据えられへんかった」とか
「もうワンテンポ早よ団扇叩いてたら△△町は完璧やった」とか
泉州のとある街の役所の前の坂道で繰り広げられている事とは全く関係なく時間が流れているわけで
タイムリーに入ってくる情報を共有する相手もなく、一人悶々とするしかなかった。
まあしかし「新調前最後のこなからでフェラーリがやっぱりやってくれた」からといって仕事が免除される訳もないから
ブツブツ言いもってウダウダ仕事をする。
4時になり、5時を過ぎ、6時を迎え、「まだフェラーリ走ってんやろなぁ」とカンカン場に想いを馳せながらヤケクソ気味に仕事をしていたら、
「トリはS」と『カンカン場実況メール』が入る。
ここ数年、15日の帰町時間で色々と論議を呼んでいるが、今年も例に漏れずの様子である。
そんな一日を過ごし、帰りの電車ではビール(発泡酒…)を飲りながら帰路につく。
何がそうさせたのか解らないが(解り切っている・・・)、気がつくと南海なんば駅6番ホームに居て空港急行に乗る。
春木で降りると太鼓の音は既になく、山側へ歩いていくとA町のだんじりが提灯を外しているのがチラリと見えた。
「あぁ〜今年も終わったんやなぁ」と感傷に浸りながらブラブラと歩いて家に帰る。
仕事中、相も変わらず色んな奴から『こなから実況メール』が受信拒否設定しようかどうか悩むほどバンバン入る。
とはいえ、仕事場は「だんじり圏外」であるから
「○○町は坂の入り口でアウトへ膨らんだ」とか
「□□町は後ろが取り合いして中々センター据えられへんかった」とか
「もうワンテンポ早よ団扇叩いてたら△△町は完璧やった」とか
泉州のとある街の役所の前の坂道で繰り広げられている事とは全く関係なく時間が流れているわけで
タイムリーに入ってくる情報を共有する相手もなく、一人悶々とするしかなかった。
まあしかし「新調前最後のこなからでフェラーリがやっぱりやってくれた」からといって仕事が免除される訳もないから
ブツブツ言いもってウダウダ仕事をする。
4時になり、5時を過ぎ、6時を迎え、「まだフェラーリ走ってんやろなぁ」とカンカン場に想いを馳せながらヤケクソ気味に仕事をしていたら、
「トリはS」と『カンカン場実況メール』が入る。
ここ数年、15日の帰町時間で色々と論議を呼んでいるが、今年も例に漏れずの様子である。
そんな一日を過ごし、帰りの電車ではビール(発泡酒…)を飲りながら帰路につく。
何がそうさせたのか解らないが(解り切っている・・・)、気がつくと南海なんば駅6番ホームに居て空港急行に乗る。
春木で降りると太鼓の音は既になく、山側へ歩いていくとA町のだんじりが提灯を外しているのがチラリと見えた。
「あぁ〜今年も終わったんやなぁ」と感傷に浸りながらブラブラと歩いて家に帰る。
2005年9月20日(火) at 23:59
秋到来 / 山手の緞子持ち
講釈タレは自分自身やろがぃ / 山手の緞子持ち
日記・その他 > だんじり
9月12日(月)
(13日が正確)
今朝もまた某ラジオ局の長寿番組内での星占いで「懐かしい友人に連絡すると吉」とあり、
んん〜と思いながらも忙しさにかまけてせずじまい。
食事兼の打合せを終えて帰宅し、雑多な資料をまとめてメール送信した後にblogを開くと『スーパー岸和田人』たるコメントが。
その主は最近よくご登場いただく『もっと山手の後梃子』さん即ち僕にとっての懐かしい友人であり、星の巡りあわせというか縁というかその類の感覚を痛烈に感じた。
その内容たるや、今の僕の状況を見事に見透かしたようなものであり、
まだまだショボイと恥ずかしくなってしまう。
というのもここ最近、仕事の詰まり具合が異常で、旧市を観にいく休みなど全く無理で、
「あ〜あ」という感じでケツの穴のちっちゃい男になりつつあった。
>世間でいうところのサラリーマンとしてメシを食っている身分であるので、こと祭礼に関しては 障害が多い。<
>しかし祭礼に携わる人間としては、それは何の言い訳にもならないし、また言い訳にしてはな らない。<
などと偉そうな講釈を自分自身でタレたのも、そんな自分を一喝する意味を多分に含んでいたのではあるが。。
そんな情けなさ極まりない状態での『スーパー岸和田人』コメントには、一喝どころか五喝も十喝ももらった気がする。
と同時に「何年カン年だんじりやってきてんのに一体何を学んできたんやろう」と恥ずかしくなる。
江さん始めコメント下さる皆さん、もっと山手の後梃子さん、
僕にとっての『事後』とはまだ少し先のようですが
今年の祭では、例年以上に「ほたえ」そうです。
それから、旧市及び春木の皆さん、ええも悪いも『祭』して下さい。
(13日が正確)
今朝もまた某ラジオ局の長寿番組内での星占いで「懐かしい友人に連絡すると吉」とあり、
んん〜と思いながらも忙しさにかまけてせずじまい。
食事兼の打合せを終えて帰宅し、雑多な資料をまとめてメール送信した後にblogを開くと『スーパー岸和田人』たるコメントが。
その主は最近よくご登場いただく『もっと山手の後梃子』さん即ち僕にとっての懐かしい友人であり、星の巡りあわせというか縁というかその類の感覚を痛烈に感じた。
その内容たるや、今の僕の状況を見事に見透かしたようなものであり、
まだまだショボイと恥ずかしくなってしまう。
というのもここ最近、仕事の詰まり具合が異常で、旧市を観にいく休みなど全く無理で、
「あ〜あ」という感じでケツの穴のちっちゃい男になりつつあった。
>世間でいうところのサラリーマンとしてメシを食っている身分であるので、こと祭礼に関しては 障害が多い。<
>しかし祭礼に携わる人間としては、それは何の言い訳にもならないし、また言い訳にしてはな らない。<
などと偉そうな講釈を自分自身でタレたのも、そんな自分を一喝する意味を多分に含んでいたのではあるが。。
そんな情けなさ極まりない状態での『スーパー岸和田人』コメントには、一喝どころか五喝も十喝ももらった気がする。
と同時に「何年カン年だんじりやってきてんのに一体何を学んできたんやろう」と恥ずかしくなる。
江さん始めコメント下さる皆さん、もっと山手の後梃子さん、
僕にとっての『事後』とはまだ少し先のようですが
今年の祭では、例年以上に「ほたえ」そうです。
それから、旧市及び春木の皆さん、ええも悪いも『祭』して下さい。
2005年9月13日(火) at 02:11
衆議院選挙投票日 / 山手の緞子持ち
日記・その他 > だんじり
9月11日(日)
前回書いた通り、昨日富山から戻る。
富山といえば木彫りの井波(川原師、野原師等々)であるが、訪れる暇なんか無かったことは言うまでもない。
さて。
コメントをお寄せいただいてシビれる。
新着コメント欄に「その通りや。よお言うてくれた」という文字を見つけ、
「なんやねんこれ、どこぞのお方かいなぁ」とクリックしてみたら仰天。
その主が『日本一だんじりなエディター』さんであることにシビれ、
口語調でのコメントであることに思わず唸る。。。
と同時に、「ん?ただのオッサンか…」的な親近感が。(江さんすいません)
そんなコメントをうけて、話はやはり『段取り』的な方向へいってしまう。
旧市や春木の皆さんは、祭まであと数日と迫った今が、最も祭を実感するというか祭をやっているのではないかと思う。
だんじりというのは不思議なもので、曳き出しの朝を迎えるともう既に寂しい気持ちになり、「さぁいよいよや!」という気持ちをそれが上回ることもしばしば。。。
それはおそらく、「もう寄合い行かんでええ」とか「花寄せ回らんでええ」とか「寝不足から開放される」といった安堵感が、生活リズムを急激に現実へと引き戻すからであり
水気なんか蒸発して煮詰まりまくった祭前の濃密な日々が終わってしまうという切なさからくるものだと思う。
実際、青年團幹部の年には、祭前夜の最後の寄合いで「あぁ〜、今年も無事祭を迎えられた」と熱いものがこみ上げたことを思い出す。
他所の方々からは、一見、毎年毎年同じように祭を迎えているだけに見えるかもしれないが
実はこの「毎年毎年同じように祭を迎える」ことが一番難しく、それに途方も無いエネルギーを費やしているのである。
曳き出し前の時点で既にそうであるから、二日目の午後ともなれば顔がくしゃくしゃになってしまう。
「○○くん絶対遣り回しの後でなんか訳分からん言葉ほたえてるでなぁ」と若い子から毎年いじられてしまう。
アドレナリンのせいなのか何なのかは不明だが、多分脳ミソのどこかでパチッと回線だかスイッチだかが切り替わり、意味不明の雄叫びとなって出てしまっているのだろう。(そうだとしか言いようがない)
そういう意味でも(どういう意味や。。。)、二日目の午後というのはある意味で(どの意味や。。。)だんじりならではの『段取り』満載かもしれない。
この日のために賭けてきた綱長も一番緞子を離して来年の綱長に引き継いだり
一世一代の大役を担ってきた團長も一歩引いて来年の團長に指揮を引き継いだり
町旗のねきでは来年の責任者が緞子持ちを鼓舞したり
等々、挙げればキリがないが、「毎年毎年同じように祭を迎える」ことの大変さを周知した男達が
講釈や説教やマニュアルではなく身をもってそれを伝え引き継いでいく。。。
各町によってその方法は違えど、こういうところにもだんじりの意気や粋が間違いなく存在する。
つらつら書いたのはいいが、毎度毎度の支離滅裂さ。。。
「だんじり」を言葉にするのは難しい。
さて、旧市&春木の皆さん、2005年祭礼の寄合いも明日が最後。
サラリーマン稼業の皆さんは残業厳禁で!
もう今日ぐらいしか言われへんからクドイけど言います。
『ええ祭』しちゃってや。
前回書いた通り、昨日富山から戻る。
富山といえば木彫りの井波(川原師、野原師等々)であるが、訪れる暇なんか無かったことは言うまでもない。
さて。
コメントをお寄せいただいてシビれる。
新着コメント欄に「その通りや。よお言うてくれた」という文字を見つけ、
「なんやねんこれ、どこぞのお方かいなぁ」とクリックしてみたら仰天。
その主が『日本一だんじりなエディター』さんであることにシビれ、
口語調でのコメントであることに思わず唸る。。。
と同時に、「ん?ただのオッサンか…」的な親近感が。(江さんすいません)
そんなコメントをうけて、話はやはり『段取り』的な方向へいってしまう。
旧市や春木の皆さんは、祭まであと数日と迫った今が、最も祭を実感するというか祭をやっているのではないかと思う。
だんじりというのは不思議なもので、曳き出しの朝を迎えるともう既に寂しい気持ちになり、「さぁいよいよや!」という気持ちをそれが上回ることもしばしば。。。
それはおそらく、「もう寄合い行かんでええ」とか「花寄せ回らんでええ」とか「寝不足から開放される」といった安堵感が、生活リズムを急激に現実へと引き戻すからであり
水気なんか蒸発して煮詰まりまくった祭前の濃密な日々が終わってしまうという切なさからくるものだと思う。
実際、青年團幹部の年には、祭前夜の最後の寄合いで「あぁ〜、今年も無事祭を迎えられた」と熱いものがこみ上げたことを思い出す。
他所の方々からは、一見、毎年毎年同じように祭を迎えているだけに見えるかもしれないが
実はこの「毎年毎年同じように祭を迎える」ことが一番難しく、それに途方も無いエネルギーを費やしているのである。
曳き出し前の時点で既にそうであるから、二日目の午後ともなれば顔がくしゃくしゃになってしまう。
「○○くん絶対遣り回しの後でなんか訳分からん言葉ほたえてるでなぁ」と若い子から毎年いじられてしまう。
アドレナリンのせいなのか何なのかは不明だが、多分脳ミソのどこかでパチッと回線だかスイッチだかが切り替わり、意味不明の雄叫びとなって出てしまっているのだろう。(そうだとしか言いようがない)
そういう意味でも(どういう意味や。。。)、二日目の午後というのはある意味で(どの意味や。。。)だんじりならではの『段取り』満載かもしれない。
この日のために賭けてきた綱長も一番緞子を離して来年の綱長に引き継いだり
一世一代の大役を担ってきた團長も一歩引いて来年の團長に指揮を引き継いだり
町旗のねきでは来年の責任者が緞子持ちを鼓舞したり
等々、挙げればキリがないが、「毎年毎年同じように祭を迎える」ことの大変さを周知した男達が
講釈や説教やマニュアルではなく身をもってそれを伝え引き継いでいく。。。
各町によってその方法は違えど、こういうところにもだんじりの意気や粋が間違いなく存在する。
つらつら書いたのはいいが、毎度毎度の支離滅裂さ。。。
「だんじり」を言葉にするのは難しい。
さて、旧市&春木の皆さん、2005年祭礼の寄合いも明日が最後。
サラリーマン稼業の皆さんは残業厳禁で!
もう今日ぐらいしか言われへんからクドイけど言います。
『ええ祭』しちゃってや。
2005年9月11日(日) at 21:29
体調不良 / 山手の緞子持ち
また出張 / 山手の緞子持ち
ぼたぼた会 / 山手の緞子持ち
日記・その他 > だんじり
9月7日(水)
正確には日付変わって8日(毎回毎回。。。)
今日は終日打合せがビッシリで、事務所には出ず大阪の街を行ったり来たりの一日。
その最後はメインクライアントとの呑み兼打合せ兼接待。2軒目はお約束の♀が居る店へ。話題は例に漏れず岸和田。。。
「え〜っ、担いではるんですかぁ〜?」
「・・・」
「あれって、フンドシ一丁で水被ってやるんですよねぇ〜」
「・・・」
僕は担いでもないし、フンドシ一丁でもない。。。
以前も書いたが("『イベント』と『祭礼』のこと"、"シビレまくり"参照)、数年前はイチから説明するのが邪魔くさかったから適当にあいづちしてたのだが、
止めといたらええのに熱くなって1から10まで一気にブチまける。
本当にオッサンになったと思う。。。
さておき、本日のタイトル『ぼたぼた会』。
『ぼたぼた会』とは、岸和田山手祭礼馬鹿2名と貝塚祭礼馬鹿1名の約3名で、十数年前に発足した会である(最近よくコメントをいただく『もっと山手の後梃子』さんも会員)。
会の活動内容はといえば、・・・あまりにアホなことばかりなので省かせていただく。。。
発足当時こそ、しょっちゅう寄っては
やれ「うちのだんじりはS井Y國の快作や」だの、やれ「うちのんはU山のおじいの傑作や」だの、やれ「アホようちの土呂幕見たことあるんか」だのと
明け方まで講釈をたれたり、だんじり以外の祭も勉強せなあかんという趣旨で信州諏訪の御柱祭の舞台である諏訪大社へ青春18きっぷの貧乏旅もしたが、めいめい仕事をもちだしてからはフェードアウト的に寄ることがなくなった。
余談ではあるが、僕と貝塚祭礼馬鹿でアメ村へ買いもんに行った時(成人前後です・・・)、アメ村のド真ん中で僕がウ○コをチビり(この時のことはよう忘れません)、短パンの裾から"具"が「ポサっポサっ」と垂れたことから、一時『ぽさぽさ会』と改名されたこともあった。(恥)
まあそういうナニの話はさておき、
めいめい違う地域で祭礼に没頭していた馬鹿が毎週のように寄っていた『ぼたぼた会』の活動も時とともに無くなっていったのである。
それが何の因果か、僕が江さんの『だんじり本』をきっかけにblogを開設し、たまたまそれを発見した『もっと山手の後梃子』さんがコメントをくれた。
世間でいうところのサラリーマンとしてメシを食っている身分であるので、こと祭礼に関しては障害が多い。
しかし祭礼に携わる人間としては、それは何の言い訳にもならないし、また言い訳にしてはならない。
祭礼に携わらないからといって命まではとられないが、それは僕らにとって息をしているだけであって生きているということにはならない。
もういい加減止めようとは思いつつ江さんの言葉を借りると
「祭でしか繋がっていない」という人間関係は確かに存在し、
それは僕らにとってはかけがえのないものであることは、まぎれもない事実である。
あぁ、また支離滅裂。
前回、「次回は、もう少しマトモなことを書こうと思います。。。」などと言っておきながら、マトモなことなど一切書けなかったことにお詫びします。。。
正確には日付変わって8日(毎回毎回。。。)
今日は終日打合せがビッシリで、事務所には出ず大阪の街を行ったり来たりの一日。
その最後はメインクライアントとの呑み兼打合せ兼接待。2軒目はお約束の♀が居る店へ。話題は例に漏れず岸和田。。。
「え〜っ、担いではるんですかぁ〜?」
「・・・」
「あれって、フンドシ一丁で水被ってやるんですよねぇ〜」
「・・・」
僕は担いでもないし、フンドシ一丁でもない。。。
以前も書いたが("『イベント』と『祭礼』のこと"、"シビレまくり"参照)、数年前はイチから説明するのが邪魔くさかったから適当にあいづちしてたのだが、
止めといたらええのに熱くなって1から10まで一気にブチまける。
本当にオッサンになったと思う。。。
さておき、本日のタイトル『ぼたぼた会』。
『ぼたぼた会』とは、岸和田山手祭礼馬鹿2名と貝塚祭礼馬鹿1名の約3名で、十数年前に発足した会である(最近よくコメントをいただく『もっと山手の後梃子』さんも会員)。
会の活動内容はといえば、・・・あまりにアホなことばかりなので省かせていただく。。。
発足当時こそ、しょっちゅう寄っては
やれ「うちのだんじりはS井Y國の快作や」だの、やれ「うちのんはU山のおじいの傑作や」だの、やれ「アホようちの土呂幕見たことあるんか」だのと
明け方まで講釈をたれたり、だんじり以外の祭も勉強せなあかんという趣旨で信州諏訪の御柱祭の舞台である諏訪大社へ青春18きっぷの貧乏旅もしたが、めいめい仕事をもちだしてからはフェードアウト的に寄ることがなくなった。
余談ではあるが、僕と貝塚祭礼馬鹿でアメ村へ買いもんに行った時(成人前後です・・・)、アメ村のド真ん中で僕がウ○コをチビり(この時のことはよう忘れません)、短パンの裾から"具"が「ポサっポサっ」と垂れたことから、一時『ぽさぽさ会』と改名されたこともあった。(恥)
まあそういうナニの話はさておき、
めいめい違う地域で祭礼に没頭していた馬鹿が毎週のように寄っていた『ぼたぼた会』の活動も時とともに無くなっていったのである。
それが何の因果か、僕が江さんの『だんじり本』をきっかけにblogを開設し、たまたまそれを発見した『もっと山手の後梃子』さんがコメントをくれた。
世間でいうところのサラリーマンとしてメシを食っている身分であるので、こと祭礼に関しては障害が多い。
しかし祭礼に携わる人間としては、それは何の言い訳にもならないし、また言い訳にしてはならない。
祭礼に携わらないからといって命まではとられないが、それは僕らにとって息をしているだけであって生きているということにはならない。
もういい加減止めようとは思いつつ江さんの言葉を借りると
「祭でしか繋がっていない」という人間関係は確かに存在し、
それは僕らにとってはかけがえのないものであることは、まぎれもない事実である。
あぁ、また支離滅裂。
前回、「次回は、もう少しマトモなことを書こうと思います。。。」などと言っておきながら、マトモなことなど一切書けなかったことにお詫びします。。。
2005年9月8日(木) at 02:07
超私的且つ感傷的 / 山手の緞子持ち
日記・その他 > だんじり
9月6日(火)
正確には日付変わって7日(最近ずっとこんなんやん。。。)
台風14号の影響により、泉州も少々荒れている。
まずは、4日に試験曳きを終えられた皆さん、お疲れ様でした。
試験曳き当日、僕は太鼓の音も聞こえない地に居た。
出張で異国の地(?)に居たのだが、携帯には色んな人からの実況メールが次々と入ってくる。(生殺しや。。。)
そんな「だんじり圏外」で、ふと妙な感覚を覚えた。
それは「まさにだんじりが動いている時に、だんじりが無い処では、全く普通の日常があり、だんじりとは無関係に時が流れている」という妙な感覚だ。
当日、僕は茨城県に居たのだが、だんじりの「だ」の字もなく、信号は点滅していないし、脚立を持った人も居ない。
多分、茨城くんだりまで行かなくても、大阪のUSJでもアメ村でも同んなじようにだんじりとは無関係の時が流れていたんだろうとは思う。
更に僕を妙に感傷的にさせたのは、『もっと山手の後梃子』さんからコメントをいただいたことも非常に大きい。
氏とは、15年来の付き合いで、ええ歳になってからも、僕のポンコツ車で生駒へ行きラジエータから冷却水が噴出して噛んでいたガムを詰めて応急処置したり、夜な夜なアメ村へ車で遣り回しをしに行ったりと
まさにアホなことばっかりしていたのであるが、ここ数年はほとんどご無沙汰している。
先日、在阪某ラジオ局の朝の長寿番組内の星占いで、「今日は古い友人に連絡すると吉」とあったのでその晩、氏の携帯に連絡をしてみたが応答が無く、
さらに翌日、母親からポツリと「○○君どないしてんや」と言われた。
そして異国の地でblogを見ると、一目で氏とわかるコメントが。どっか遠いとこへ行ってしもたんかな、と気になっていただけに、そのコメントが妙に懐かしかったし、内心ホッとした。
と、氏のことで時間を割くのはどうかと思うので、そう、「だんじり圏外」の話である。
だんじりが動いているその瞬間を「だんじり圏外」で過ごしたという経験は、
岸和田という「だんじり圏」に産まれたことに改めて感謝する機会と、金玉の据わりの悪い妙な感覚を10月にぶつけようという決意を与えてくれた。
毎度毎度支離滅裂な文章で、お越しいただいた方々には申し訳ない限りだが、タイトル通りということでご容赦いただきたい。
(次回は、もう少しマトモなことを書こうと思います。。。)
正確には日付変わって7日(最近ずっとこんなんやん。。。)
台風14号の影響により、泉州も少々荒れている。
まずは、4日に試験曳きを終えられた皆さん、お疲れ様でした。
試験曳き当日、僕は太鼓の音も聞こえない地に居た。
出張で異国の地(?)に居たのだが、携帯には色んな人からの実況メールが次々と入ってくる。(生殺しや。。。)
そんな「だんじり圏外」で、ふと妙な感覚を覚えた。
それは「まさにだんじりが動いている時に、だんじりが無い処では、全く普通の日常があり、だんじりとは無関係に時が流れている」という妙な感覚だ。
当日、僕は茨城県に居たのだが、だんじりの「だ」の字もなく、信号は点滅していないし、脚立を持った人も居ない。
多分、茨城くんだりまで行かなくても、大阪のUSJでもアメ村でも同んなじようにだんじりとは無関係の時が流れていたんだろうとは思う。
更に僕を妙に感傷的にさせたのは、『もっと山手の後梃子』さんからコメントをいただいたことも非常に大きい。
氏とは、15年来の付き合いで、ええ歳になってからも、僕のポンコツ車で生駒へ行きラジエータから冷却水が噴出して噛んでいたガムを詰めて応急処置したり、夜な夜なアメ村へ車で遣り回しをしに行ったりと
まさにアホなことばっかりしていたのであるが、ここ数年はほとんどご無沙汰している。
先日、在阪某ラジオ局の朝の長寿番組内の星占いで、「今日は古い友人に連絡すると吉」とあったのでその晩、氏の携帯に連絡をしてみたが応答が無く、
さらに翌日、母親からポツリと「○○君どないしてんや」と言われた。
そして異国の地でblogを見ると、一目で氏とわかるコメントが。どっか遠いとこへ行ってしもたんかな、と気になっていただけに、そのコメントが妙に懐かしかったし、内心ホッとした。
と、氏のことで時間を割くのはどうかと思うので、そう、「だんじり圏外」の話である。
だんじりが動いているその瞬間を「だんじり圏外」で過ごしたという経験は、
岸和田という「だんじり圏」に産まれたことに改めて感謝する機会と、金玉の据わりの悪い妙な感覚を10月にぶつけようという決意を与えてくれた。
毎度毎度支離滅裂な文章で、お越しいただいた方々には申し訳ない限りだが、タイトル通りということでご容赦いただきたい。
(次回は、もう少しマトモなことを書こうと思います。。。)


